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CHRONOLOGICAL TABLE

Chronological Table

1900s1910s1920s1930s1940s1950s1960s1970s1980s1990s2000s

1900s ↑top

1901.09.06 マッキンリー米大統領暗殺事件.14日に死亡.
1907.XX.XX シン・フェイン党結成
1908.XX.XX 米司法省捜査局設立.後のFBIの母体となる.
1909.10.XX 英国でSecret Service Bureau設立.後のSIS(=MI6),SS(=MI5)の母体となる.

1910s ↑top

1911.10.10 辛亥革命勃発
1912.05.05 ボリシェビキ党(=共産党)機関紙プラウダ創刊
1913.05.30 米ロックフェラー財団設立
1914.06.28 サラエボにてオーストリア皇太子暗殺事件
1914.07.28 第一次世界大戦勃発
1916.XX.XX 英国が防諜機関MI5創設
1916.12.30 怪僧ラスプーチン暗殺
1917.XX.XX 米国で機械式暗号機登場. 米国人エドワード・ヘバーンが5個のローターを搭載した世界初の機械式暗号機を開発.
1917.02.XX 独スパイ:マタハリ逮捕
1917.10.15 マタハリ銃殺刑
1917.11.02 英外相アーサー・バルフォアによるバルフォア宣言. 国内のユダヤ人達から援助を受けたいがためにパレスチナにユダヤ人国家建設を約束. 現在まで禍根を残す英国二枚舌外交.英国外交史の汚点と言われる.
1917.12.20 ジェルジンスキーによりベーチェーカー設立
1918.11.11 第一次世界大戦終戦
1919.06.28 ドイツ,ベルサイユ条約に調印
1919.11.01 英国が通信情報機関GC&CS設立

1920s ↑top

1922.01.XX チェーカーがGPUに改編
1922.12.06 アイルランド南部が自治国に
1922.XX.XX 英国が対外情報機関SIS設立
1923.XX.XX GPUがOGPUに改編
1923.XX.XX 暗号機『エニグマ』製造
1925.11.09 ナチス親衛隊SS設立

1930s ↑top

1931.XX.XX 英国が防諜機関Security Service設立
1931.09.18 満鉄列車爆破事件.満州事変勃発
1931.11.08 独国防省暗号局職員がエニグマ情報を仏に売却. 仏情報部は同年1月に接触してきた独国防省暗号局ハンス=ティロ・シュミットを当初は二重スパイと疑うも,仏暗号局長ギュスターヴ・ベルトラン大尉の尋問によりシュミットは信頼され,コードネームをHE(仏語で発音するとアッシュ)を与えられスパイとなった.この日,シュミットはベルギー東部の町で1万マルクと引き換えにエニグマ使用法,および鍵使用説明書の2つの文書を仏側エージェント=コードネーム:レックスに写真に撮らせた. 以降,シュミットはエニグマの日鍵を含む大量の情報を仏側に提供し続けるが,独が仏を占領後にスパイ行為が発覚,1943年7月に処刑される.
1932.01.28 第一次上海事変
1932.03.01 リンドバーグの長男オーガスタが誘拐され05.12に遺体で発見される. これを機に連邦誘拐処罰法-リンドバーグ法が制定される-06.22施行.
1932.03.01 満州国建国宣言
1933.01.30 ナチスが政権を執りヒトラーが首相に就任
1933.03.27 満州国独立を認めない国際連盟を日本は脱退
1935.03.16 ドイツ,ベルサイユ条約を破棄.再軍備を加速化させる.
1936.07.17 スペイン内乱勃発.人民戦線政府(左翼政党)vsフランコ将軍勢力.
1936.08.XX アラン・チューリングが論文『On Computable Numbers - 計算可能数について』を発表
1937.07.07 日中戦争勃発
1939.03.27 フランコ勢力マドリード占領.スペイン内乱終結
1939.04.27 独がポーランドとの不可侵条約を破棄
1939.07.25 ポーランドが英仏の情報担当官にエニグマ暗号解読技術を提供. ポーランド暗号局長グヴィド・ランゲル少佐が英仏の暗号解読担当官ら(英側:GC&CS校長アリステア・デニストン海軍中佐他,仏側:暗号局長ギュスターヴ・ベルトラン大尉他)をワルシャワに招待し,3カ国でエニグマ暗号解読に協力することを協議=決定された.また,それまでエニグマ暗号を解読してきたポーランドはその技術を両国に披露し,エニグマのレプリカ2台を仏に提供.同年8月16日に,内1台がパリからロンドンに送られた.
1939.08.XX GC&CSがBletchley Parkに移転
1939.09.01 ドイツがポーランド侵攻開始.第二次世界大戦勃発

1940s ↑top

1940.03.14 英国でチューリング開発のエニグマ暗号解読機ボンブ試作型が稼働開始
1940.09.27 日独伊三国同盟がベルリンで調印
1941.XX.XX 英陸軍特殊部隊SAS創設
1941.09.06 チャーチルがブレッチレー・パークを激励訪問. 英首相ウィンストン・チャーチルが,対独作戦に多大な貢献をしている独暗号解読の基幹ブレッチレー・パークを隠密訪問.暗号解読者たちを激励した.
1941.12.07 真珠湾攻撃
1942.02.01 大西洋独Uボート群に新型エニグマ導入. 以後,半年以上に渡って英は独Uボートの大西洋上の位置を把握できず,米からの物資輸送船団は甚大な被害を被り続けた.
1942.06.13 米対外情報工作機関OSS設立.'45.10.01廃止.
1942.08.07 米コードトーカーが実戦(第一海兵師団・ガダルカナル上陸)初投入. 暗号化や復号化に時間のかかる機械式暗号は銃弾が飛び交う前線では不便なため,米先住民ナヴァホ族の言語がそのまま暗号として使用された. 送受信者ともにナヴァホ族で,英語→ナヴァホ語で送信→ナヴァホ族が受信→英語に翻訳,という流れ. 当時,ナヴァホ語を研究した人物は米国人以外では皆無で,実際日本軍は解読不能だった.
1942.10.31 英駆逐艦隊がUボートを撃沈.エニグマ暗号鍵表を入手. 爆雷で傷つき浮上したドイツ潜水艦U559に英水兵が乗り込み短波信号表と気象通報用暗号鍵を入手.2名の英水兵が沈没するU559から脱出できず死亡.
1942.12.13 英は独Uボートの暗号通信完全解読に成功. 同年10月に2名の犠牲をして入手した気象通報用暗号鍵を活用した結果. 以降,米からの物資輸送船団からUボートの脅威は払拭された.
1943.04.18 海軍甲事件=山本五十六大将/連合艦隊司令長官戦死.
1943.05.17 BRUSA協定締結.英米間で傍受通信情報の相互互助が合意.
1943.12.08 英ブレッチレー・パークで独のローレンツ暗号解読機コロッサス稼働. 独軍将軍専用暗号機ローレンツSZ40の暗号を解読するために開発されたのが1,500個の真空管を持つ電気リレー式暗号解読機コロッサス. 現代のコンピュータの先駆け的存在だが,戦後は機密のため破壊され設計図も焼却された.
1944.06.06 D-Day 連合軍ノルマンディー上陸開始.
1945.04.30 ヒットラー自殺
1945.05.08 ドイツ無条件降伏
1945.08.15 日本,ポツダム宣言受諾=降伏.第二次世界大戦終戦
1945.09.02 ホー・チ・ミン(バク・ホー)がベトナム民主主義共和国として独立宣言
1945.10.24 国際連合発足
1947.09.18 米国対外情報機関CIA設立
1948.01.26 帝銀事件
1948.05.14 イスラエル建国宣言
1948.05.15 第一次中東戦争勃発
1949.09.25 ソ連が初の核爆発実験に成功

1950s ↑top

1950.06.25 朝鮮戦争勃発
1951.03.02 イスラエル対外情報機関MOSSAD設立
1952.04.09 日本内閣情報室設立
1952.11.04 米NSA設立
1953.03.05 スターリン死去
1953.06.02 英エリザベス2世戴冠式
1953.11.20 仏空挺部隊がディエン・ビエン・フーに降下し要塞を築く
1954.03.13 KGBに改称
1954.05.07 ベトミンがディエン・ビエン・フーを陥落
1955.07.11 BND正式発足
1956.10.31 スエズ動乱=第二次中東戦争勃発
1958.XX.XX ETA誕生

1960s ↑top

1960.05.11 MOSSADがアルゼンチンに身を潜めていた旧ナチス幹部アドルフ・アイヒマンを拉致. 本国イスラエルに連れ帰り,裁判の後,05.31に死刑執行.
1960.09.XX NSA暗号解読員ウィリアム.H.マーティン,バーノン.F.ミッチェルがモスクワからニュース 番組に登場. ソ連に亡命したことを伝える.
1960.08.25 NRO設立
1960.XX.XX LAKAM設立
1961.11.29 ケネディ米大統領はキューバ侵攻失敗の責でCIA長官アレン・ダレスを更迭
1962.01.01 SEAL創設
1963.XX.XX NSAアラビア語担当職員ビクター.N.ハミルトンがソ連に亡命
1963.11.22 ジョン.F.ケネディ大統領,ダラスで暗殺
1964.XX.XX PLO設立
1965.03.08 米海兵隊がベトナム・ダナンへ上陸.米のベトナム直接介入始まる.
1965.01.24 シリアで活動していたMOSSAD諜報員エリ・コーエンがシリア秘密警察に逮捕される. 同年5月18日に絞首刑.
1966.08.15 MOSSADによりソ連製Mig-21を略取
1967.06.05 6日間戦争-第三次中東戦争勃発
1968.01.21 青瓦台(韓国大統領官邸)襲撃事件
1968.01.23 北朝鮮が米信号情報収集船プエブロ号拿捕
01.05 横須賀米海軍基地8号桟橋からNSAと海軍共同運営の信号情報収集船プエブロが出発.
主任務 清津,金策,マヤン島,元山の各港における北朝鮮海軍の活動内容と規模を把握、および北朝鮮東海岸の電子環境を収録.
01.22 元山から北西約30km.
01.23 12:00 北朝鮮SO-1級駆潜艇第35号(SC-35)に発見される. 12:12 SC-35よりプエブロ号の国籍を問う信号を受信. 12:27 SC-35はプエブロ号に停船命令(停船or発砲)の信号旗を挙げる.  以後,プエブロは「ワレ国際水域ニアリ」の信号旗をあげるも無視され… 12:35 北朝鮮魚雷艇3隻に囲まれ,上空にはMig-21も待機.  プエブロはなんとか退却しようとするも魚雷艇にはばまれ,再び停船命令を受ける.  プエブロは全速に増速し,再度退却を試みたがSC-35の57mm砲から十数発が発射&  魚雷艇も30mm機関砲を掃射開始.これを受け,プエブロ艦長は緊急破壊開始を命令.

在韓米軍には有効な空軍力はベトナム戦争中だったため存在せず,ベトナムでの歴戦の 猛者たちがいる在沖縄米空軍第18戦術戦闘機隊の12機のF-105が出撃. 韓国側からプエブロ救出許可を米軍に願い出られたが,在韓米軍代表は拒否.

13:34 プエブロ艦長は機関停止を命令.  SC-35から付いてくる来るよう信号旗があがり,プエブロは従う. 14:00 プエブロ艦長は破壊作業の時間を稼ぐために再度機関停止を命令.  直後,SC-35より2,000発以上の発砲.プエブロは1/3速前進を開始. 14:20 プエブロの破壊活動を懸念したSC-35は停船命令を出し,プエブロは停船. 14:32 北朝鮮人民軍将校十数名がプエブロに乗船. 16:30 プエブロは北朝鮮領海内に入り,すべての救出作戦は中止された. 20:30 元山の埠頭に繋留.

北朝鮮はプエブロから高度機密資料や装置を押収し,ソ連に受け渡した. 1968.12.23 プエブロ号乗組員全員が外交的措置により釈放された. 1999.10.xx 拿捕されたプエブロ号は見物用に平壌の大同江の川辺に移された.
1968.06.05 ロバート・ケネディ銃撃.翌日死亡.
1969.02.04 ヤセル・アラファトがPLO議長就任

1970s ↑top

1970.XX.XX PIRA結成
1971.11.28 Black Septemberが訪カイロ中のヨルダン首相を暗殺
1972.XX.XX FBIアカデミー開校
1972.05.30 日本赤軍によるテルアビブ・ロッド空港襲撃
1972.09.05 ミュンヘン・オリンピックのオリンピック村にてイスラエル選手11人をパレスチナ系テロリスト達が虐殺.襲撃者は後に"Black September"と呼ばれる.実行犯9名は後に全員MOSSADにより暗殺される.
1973.08.08 韓国KCIAが東京飯田橋ホテル・グランドパレス滞在中の金大中を拉致. 08.13に韓国ソウルの自宅前で発見される.
1973.09.05 在仏サウジアラビア大使館占拠
1973.09.11 チリ,ピノチェトが軍と警察を動かしクーデター.アジェンデ大統領暗殺
1973.10.06 第四次中東戦争勃発
1973.11.XX GIGN創設
1973.12.20 ETAがスペイン首相ルイ・カルロ・ブランコを車爆弾にて暗殺
1974.09.13 在オランダ仏大使館を日本赤軍が襲撃
1975.12.21 カルロス="The Jackal"がOPECウィーン本部を襲撃
1976.01.08 周恩来,死去
1976.02.03 ジプチで通学バスジャック.仏特殊部隊GIGNが救出
1976.06.27 テルアビブ発パリ行エールフランス139便がハイジャック. 07.04にエンテベ空港にてイスラエルによる救出作戦=サンダーボルト作戦成功
1976.09.09 毛沢東,死去
1977.10.13 マヨルカ島パルマ発フランクフルト行ルフトハンザ航空がハイジャック.GSG9が救出
1977.11.19 デルタ・フォース(1st Special Forces Operational Detachment Delta:SFOD-D)創設
1979.04.01 イラン・イスラム共和国樹立. 皇帝派を撃退した革命派が勝利しホメイニ師が最高指導者に就任.
1979.10.24 ソ連雑誌の派遣記者として日本で職務中だったKGB職員レフチェンコが在日米国大使館に亡命
1979.10.26 朴正煕大統領をKCIA金載圭長官が暗殺
1979.11.04 在イラン米大使館襲撃事件. イラン革命前の皇帝派を支持していた米国への不満が爆発し,群衆が米大使館を襲撃.52人もの米国人が人質にとられる.
1979.12.26 ソ連軍によるアフガン侵攻開始

1980s ↑top

1980.04.24 在イラン米大使館人質救出作戦/Operation Eagle Claw - 失敗. 兵員輸送中のヘリコプータが墜落し米兵8名死亡.大使館突入以前に失敗.  >>CNN [Quick Time Movie]
1980.04.30 在英イラン大使館占拠.05.05 SASのOperation Nimrodにより救出.  >>詳細
1980.11.XX SEAL Team6が創設
1981.03.30 レーガン大統領暗殺未遂事件. ワシントン・コネチカット通りにヒルトン・ホテルを出たところをジョン・ワーノック・ヒンクリー・ジュニア(John Warnock Hinckley, Jr.)のリボルバー"サタデー・ナイト・スペシャル"38口径による最後の6発目が大統領専用リムジンに当たって跳弾し左胸部に当たる.ろっ骨をすり抜け,肺に達したが致命傷にはならなかった.
1981.05.13 法王ヨハネ・パウロ二世暗殺未遂事件. バチカンのサン・ピエトロ広場にてメフムト・アリ・アジヤによる銃撃.事件の背景にはKGBの関与説も.
1981.06.07 イスラエル空軍のF-16A(8機)がF-15S(6機)にエスコートされイラクがフランスから 購入した原子炉を空爆
1981.10.06 エジプトのサダト大統領暗殺. 犯人はイスラム系テロ組織「ジハード(Al Jihad)」の4名. '79年にサダトは米国を通じてイスラエルを承認しており,その報復措置.
1981.XX.XX IRA服役囚が刑務所内でのハンガーストライキで死亡
1982.04.02 フォークランド紛争勃発. アルゼンチン軍がポートスタンリー上陸,占領.フォークランド諸島の領有権を宣言. 英国の猛攻撃により同年06.14停戦.
1983.04.18 在レバノン米大使館爆破テロ
1983.08.21 フィリピン・アキノ議員暗殺事件. 当時のフィリピン大統領マルコスの政敵だったベニグノ・アキノ野党上院議員は心臓疾患の治療のため米国にいたが(=実質的な亡命), 打倒マルコスのため帰国.マニラ国際空港に到着し飛行機を降りる途中に頭部を狙撃され死亡. 犯人は不明.軍部関与説が濃厚.
1983.10.23 レバノンのベイルート空港近くに駐留していた国連平和維持軍= 米海兵隊第8大隊本部爆破テロ. 米兵241名死亡
1983.12.17 IRAがクリスマスシーズンのロンドンでハロッズ百貨店爆破テロ
1985.12.27 ローマ,ウィーン両空港同時襲撃事件.19名死亡.119名負傷.
1986.07.01 日本,内閣安全保障室発足
1987.11.29 大韓航空機爆破事件
1987.12.08 ガザ地区でのパレスチナ人が死亡する交通事故を口火にインティファーダ発生.HAMAS誕生
1988.03.06 英領ジブラルタルにてIRA3名がSAS隊員らにより銃殺される
1988.04.16 ファタハ幹部ハリール・アルワジールがチュニジアにてMOSSADにより暗殺
1988.12.21 スコットランド・ロッカビー上空にてフランクフルト発ロンドン経由ニューヨーク行パン・アメリカン103便爆破テロ
1989.02.14 ホメイニ師,死去
1989.06.03 ホメイニ師,イスラム教を冒涜した内容だとして小説[悪魔の詩]の著者及び発行人に対し処刑を宣告
1989.08.24 ポーランド統一労働者党解散.「連帯」が合法化
1989.10.18 東ドイツ,ホーネッカー解任
1989.11.09 ベルリンの壁,崩壊
1989.12.03 ブッシュ大頭領とゴルバチョフ書記長がマルタ島にて冷戦終結宣言
1989.12.25 チャウシェスク夫妻,秘密裁判の上銃殺

1990s ↑top

1990.01.03 米DEAがノリエガを逮捕
1990.02.07 ソ連共産党中央委員総会にて一党独裁の放棄を決議. ゴルバチョフ大統領の下共和制に.
1990.05.29 ロシア共和国最高会議議長にエリツィンが選出
1990.08.02 イラク軍クウェート侵攻
1990.08.13 ゴルバチョフ大統領はスターリン時代に犠牲になった人たちの権威を回復すると大統領令
1990.10.03 東西ドイツ統一
1990.11.22 サッチャー首相が辞意表明
1990.11.29 国連安保理はイラクのクウェート撤退期限を1991年1月15日とし,以後は武力行使を認めると決議
1991.01.16 砂漠の嵐作戦-Operation Desert Storm-開始.湾岸戦争.02.28に停戦.
1991.01.22 SAS-B中隊のチームB20(ブラヴォー・トゥー・ゼロ)がイラクへ侵入
1991.08.19 ソ連保守派クーデタ. ヤナーエフ副大統領ら保守派がゴルバチョフを軟禁.
1991.08.21 ソ連クーデタ側vs露/市民側の戦火が開くが,1時間ほどで終息. 元モスクワ市長ロシア大統領エリツィンはクーデタ反対をラジオで呼びかけ,それに呼応した市民が議会前に集結.クーデタ政府は軍に鎮圧を命じるも無視される. ヤナーエフは逮捕,ソ連保守派クーデタ首謀者らが海外へ逃亡.クーデタは3日間で失敗.
1991.08.22 ゴルバチョフが監禁されていたクリミアから空路モスクワへ帰還. 露共和国最高会議ビル前に集まった20万人もの市民の前でエリツィンが勝利宣言. ソ連保守派クーデタ阻止に歓喜した市民らがKGB前ルビヤンカ広場のジェルジンスキーの銅像を撤去
1991.08.24 ゴルバチョフ大統領はソ連邦共産党解体を発表
1991.08.26 ゴルバチョフ大統領がバルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)の独立を容認
1991.12.26 ソビエト社会主義共和国連邦消滅
1993.02.26 ニューヨークの世界貿易センター爆破事件
1993.02.28 カルト教団ブランチ・ダヴィディアン vs アルコール・タバコ・火器局. テキサス州ウェイコでアルコール・タバコ・火器局(ATF)は違法な銃器や爆発物を捜査しようとしたが信者たちと衝突し,4名のATF局員と6名の信者が死亡する銃撃戦に発展した.
1993.04.19 カルト教団ブランチ・ダヴィディアン vs FBI. 信者たちが立て篭ってから51日後,包囲していたFBIはついに突入を開始するが,内側から火が放たれ子供を含む信者ら約80名が集団自殺するという結末に.
1993.10.03 Black Hawk Down. 内戦中のソマリアの首都モガディシュに派兵されていた米軍が,アイディド派の幹部2名を確保=誘拐する作戦を開始.デルタ・フォースC中隊,第75レンジャー連隊第3大隊B中隊,第160特殊作戦航空連隊等約160名が作戦に従事したが,ヘリコプターUH-60ブラック・ホークが2機墜落.米兵18名死亡.ヘリ搭乗者の死体が群衆に無惨な姿で市中を引き回される姿が映し出され,当作戦は以後の米国クリントン政権の他国への軍事介入方針を一変=尻込みさせるほどの失敗となった.
1993.12.XX NSA敷地内の国立暗号博物館"National Cryptologic Museum"一般公開
1993.12.02 パブロ・エスコバルがコロンビア治安部隊により殺害.NSAは電話盗聴作戦で支援
1994.02.21 FBIがCIA局員オルドリッチ・エイムズをスパイ容疑で逮捕.04.28に終身刑となる.
1994.07.08 金日成,死去
1995.02.07 ラムジ・ユセフ逮捕. FBIとパキスタンの合同捜査班がイスラマバードにてラムジ・ユセフをニューヨークの世界貿易センター爆破の容疑者として逮捕.
1995.04.19 米オクラホマ・シティ連邦ビル爆破事件.死者168名. 犯人のティモシー・マクベイ(Timothy McVeigh)は2001年6月11日午前7:14,死刑に処された.
1995.06.XX 日米自動車交渉. CIA/NSAは当時の橋本通産相及び日本代表団達の内部情報を盗聴・把握しカンター通商代表らに報告.
1995.11.04 イスラエル首相イツハク・ラビン暗殺
1996.1.xx CIAはアフメド・チャラビとの関係を絶つ.
1996.6.25 サウジアラビア東部ダーラン近郊の駐留米空軍宿舎爆破事件.爆発物を積んだトラックが突っ込み米軍兵士19人死亡,400人以上が負傷.ヒズボラ系テロ組織の犯行とされる.
1996.12.17 MRTAが在ペルー日本大使館占拠. 翌'97.04.22チャビン・デ・ワンタル作戦にて救出される.
1997.02.18 黄長華亡命
1997.07.10 Operation TANGO. ユーゴ・プリエドル地方での非セルビア系人大量虐殺容疑者シーモ・ドルリッチャ(Simo Drljaca),ミラン・コバチャビッチ(Mial Kovacevic)を逮捕する作戦をSAS D中隊とCRW員が米ナイト・ストーカーズのBlack Hawkに搬送され実施. 作戦指令の流れは英国首相トニー・ブレア→SIS長官デビッド・スペディング→SAS ドルリッチャは逮捕の際,発砲してきた為,反撃されて死亡.コバチャビッチ他数名を逮捕.
1997.08.31 ダイアナ元妃,ドディ・アルファイドらパリにて自動車事故で死亡
1997.11.17 エジプト・ルクソールで外国人観光客襲撃事件. 日本人10名を含む61名の観光客とエジプト人2名,警官2名,犯人6名の合計71名が銃撃により死亡.
1998.04.10 英国ブレア首相とアイルランド・アハーン首相が包括和平合意=Good Friday Agreement
1998.08.07 ケニア首都ナイロビ,及びタンザニア首都ダルエスサラームの米大使館連続同時爆弾テロ事件. 同月20日,米政府はオサマ・ビン=ラディンを首謀者と判断しアフガニスタンのテロ組織の基地とスーダンの化学兵器工場を標的とした巡航ミサイルによる報復措置.
1998.08.15 『Real IRA = 真のIRA』による北アイルランド西部オマー爆弾テロ
1998.09.17 ETAが地元紙等を通し休戦宣言
1998.10.16 ジョン・ヒーム/社会民主労働党党首とデビッド・トリンブル/アルスター統一党党首にノーベル平和賞授与
1999.01.23 韓国の国家安全企画部が国家情報院に改称
1999.02.15 PPKオジャラン党首がケニアでトルコ特殊部隊により逮捕
1999.05.07 NATO軍ユーゴ空爆作戦中,米空軍B2爆撃機が在ユーゴスラビア中国大使館をJDAMにて爆撃. 米側は誤爆と釈明.
1999.08.31 モスクワ中心部のショッピングモールで爆弾テロ事件
死者1名,40名負傷.以降,9月16日までにモスクワ集合住宅などで爆破事件が頻発し計300名近い死者を出す.チェチェン独立派武装組織による犯行とされ,チェチェン侵攻のきっかけとなる.
1999.09.23 露空軍チェチェン首都クロズヌイ無差別空爆
1999.12.03 露地上部隊チェチェン侵攻開始
1999.12.03 ETAが停戦を破棄

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2000.01.24 NSAの全システムがダウン. 現地時間19:00/世界標準時0:00,NSAの全システムがダウン.機能停止中の傍受データはGCHQにまわされ,三日後の27日に復旧した.
2000.03.26 元FSB(旧KGB)長官ブーチンがロシア大統領就任
2000.09.07 海上自衛隊萩崎繁博三佐とロシア/ボガチョンコフ大佐が港区浜松町の居酒屋にて 警察によりスパイ現場を取り押さえられる. ボガチョンコフは外交官特権を主張し同行を拒否.
2000.09.08 萩崎繁博三佐がスパイ容疑で逮捕.翌日ボガチョンコフ帰国.
2000.09.10 Operation BARRAS シエラレオネ反政府テロ組織に捕らわれた英兵らをSAS等が救出.
2000.09.28 イスラエル右派リクード党のシャロン党首がユダヤ教とイスラム教の聖地=神殿の丘を訪問. これを機にパレスチナ住民とイスラエル治安部隊が衝突>和平プロセス崩壊.
2001.02.18 ロバート.P.ハンセンFBI特別捜査官がスパイ容疑でFBIにより逮捕
2001.05.01 成田空港入管が不法入国で金正日の長男=金正男らを拘束 同年05.04に中国へ強制退去.
2001.09.06 オサマ・ビン=ラディンが米国本土同時自爆テロの計画進行の報告を受ける
2001.09.11 米国本土同時多発テロ.死者3,000名超.
2001.10.08 米空軍+英空軍,アフガニスタン内タリバン拠点への空爆開始. 11/13 北部同盟が首都カブールを制圧.タリバンは敗走. 12/06 タリバンが拠点カンダハルを武装解除して解放.タリバンの事実上の消滅.
2001.11.16 アル・カイダ幹部ムハンマド・アティフ死亡
米空軍のアフガニスタン空爆によりアル・カイダ軍事担当副官ムハンマド・アティフ(Muhammad Atef)が死亡.
2002.03.28 アル・カイダ幹部アブ・ズバイダ拘束
米国が初めてアル・カイダ最高幹部の逮捕に成功した事例.
パキスタン,ファイサラバードの2階建集合住宅に潜伏中とNSAの傍受により特定されたビン・ラディンの教化担当副官アブ・ズバイダ(Abu Zubaydah)がCIA・FBI・パキスタン治安組織の合同部隊により同日深夜拘束された.急襲劇で負傷したズバイダを治療後,タイを経由してグアンタナモ基地へと移送.
2002.07.20 ワシントンD.C.に国際スパイ博物館(International Spy Museum)オープン. http://www.spymuseum.org/
2002.07.20 SIS長官がCIA本部にてイラク問題に関して臨時のトップ会談
同月23日にSIS長官がブレア首相に報告した内容から,SIS長官はブッシュ政権がイラク侵攻に向けて情報を操作している可能性があると感じた模様.
2002.08.20 在独イラク大使館襲撃事件. 現地時間14:25頃,イラク反体制派グループに乗っ取られる.その後,独警察特殊部隊SEK -SonderEinsatzKommando- が突入.犯人グループを逮捕し解決.犯人/人質とも死者ゼロ.
2002.10.12 バリ島ディスコ・クラブで爆破テロ. 現地時間23:00頃,インドネシア・バリ島レギアン地区の外国人観光客に人気のクラブ『サリ・クラブ』と保養地サヌール地区の米国名誉領事館近くの路上の2ヶ所で爆発.死者187名.爆薬にはC4(軍用高性能プラスチック爆弾)が使用されていたとのこと.11月21日,インドネシア国家警察はイマム・サムドラ容疑者を主犯格としてジャワ島の港町でボディーガート2名と共に身柄を拘束された.
2002.10.23 モスクワ劇場襲撃事件. 現地時間21:00頃,人気ミュージカル『ノルド・オスト』上演中の劇場がチェチェン武装勢力に観客700人以上と共に乗っ取られる.その後の26日06:33,連邦保安局FSBの特殊部隊アルファが突入.犯人グループはガスにより,あるいは撃たれて34人が死亡,数名が拘束.人質もガスにより死者多数(119人).中毒患者も多数出した.
2003.02.05 パウエル米国務長官が国連安全保障理事会にてイラク問題を演説
パウエルはイラク軍施設の衛星写真やイラク軍の通信を傍受した録音テープなどを公開し,イラクの大量破壊兵器に対する分析を約1時間半に渡って述べた.
2003.03.20 イラク戦争開戦. 米英軍により対イラク戦開始.空爆後に地上部隊もバグダッドへ向け侵攻.
03/22 バスラを制圧.
03/31 バグダッド郊外にて地上戦開始.
04/09 バグダッド陥落.バグダッド中心部パレスチナ・ホテル前広場のフセイン大統領の銅像が米軍により倒される.
07/22 Task Force 20 がフセイン元大統領の息子ウダイ,クサイ両名の隠れ家を強襲(アパッチ攻撃ヘリや対戦車ミサイルまで使用)し殺害.
12/14 地下に潜伏していたフセイン元大統領を米軍が拘束とメディアが発表.
2003.11.20 イスタンブールで自爆テロ. 現地時間午前11:00頃,英国系銀行『HSBC』の18階建てトルコ本部ビル前で爆発. さらに数分後,英国総領事館付近でも爆発.ロジャー・ショート英総領事他27名死亡.450名以上が負傷. アル・カイダら複数組織から犯行声明.
2004.03.11 スペイン列車爆破事件
現地時間午前7:36〜7:40の間に3つの駅で大規模な爆発.192人死亡,2000人以上が負傷.当初はETAの犯行と見られていたが,後にアルカイダ系テロ組織によるものと発表された.
2004.03.22 HAMASリーダー暗殺. パレスチナ武装勢力ハマスの創設者アフメド・ヤーシン[Ahmed Yassin]がイスラエル空軍のヘリコプターによるミサイル攻撃で殺害された. 夜明け頃にガザ地区のモスクから礼拝を終えて出てくるところを狙われ,車椅子に乗っていたヤーシンにミサイルの第一撃が直撃.同時に7名(ボディーガード他)が巻き込まれて死亡,17名(ヤーシンの息子2名含む)が負傷した.
2005.07.07 ロンドン同時多発爆破テロ事件. 現地時間午前8:50頃,ロンドン地下鉄の3カ所がほぼ同時に爆破.その約1時間後,9:47頃に2階建てバスが爆破される.死者56人.
2006.07.05 北朝鮮が7発のミサイルを日本海北部方面に発射
2006.07.10 チェチェン独立派指導者シャミール・バサーエフ野戦司令官死亡. イングーシ共和国にて移動中の自動車が爆発,死亡.FSBによる特殊作戦との発表があるものの,独立派内の内紛説などもある.
2006.08.10 英国旅客機爆破テロ未遂事件. 9日深夜から10日にかけてイスラム系英国籍男女24名が旅客機爆破テロ計画容疑で逮捕された.押収された物には,過酸化水素水等の化学物質,簡易爆発物製造器具,電子機器類,殉死をほのめかすビデオ等があったとされる.
複数の英国発米国行き旅客機内に,飲料に見せかけた液体爆発物と電子機器に隠し入れた起爆装置を持ち込み,飛行中に爆破させる計画だったとされる.
2006.10.03 北朝鮮が核実験実施宣言
2006.10.09 北朝鮮が初の地下核実験
2006.10.14 国連安保理にて対北朝鮮制裁決議採択
核兵器廃絶,大量破壊兵器や弾道ミサイル開発に関わる物資・技術及び嗜好品の禁輸,金融資産の凍結,船舶や航空貨物の検査を各国に要求.
2006.11.23 元FSB高官アレクサンドル・リトビネンコ死亡コチラにて簡単に紹介.
2006.12.30 フセイン元大統領の絞首刑が執行される